大ボラ吹きだと思われても「上に行け!」と言い続けた
矢沢永吉の現役論

「STAY ROCK」。2018年に行われる矢沢永吉のライブツアーに付けられたタイトルは、これまで以上に“現役”へのこだわりを感じさせるものになった。ソロデビューから43年、日本のロックシーンの幕開けから現在までステージに立ち続ける矢沢永吉の現役論を、キャリアを振り返りながら語ってもらった。【聞き手:藤井徹貫、撮影:平野タカシ】

Photo by Takashi Hirano

『いつかその日が、来る日まで・・・』走り続ける。

──「若い頃は何歳までやるとか、やりたいとか、想像もしなかった」とおっしゃっていましたが、それは今も同じですか?

矢沢永吉(以下、矢沢):そんなこと想像もしないね。目の前にあるコンサートを1本1本やり切ってますよ。もしかしたら、ある日突然、「もう無理」と思う日がくるんじゃないですか。ただ、そのある日が来るまでやってるんじゃないですかね。 いつかその日が来る日までね。・・・お、いいね。 “いつかその日が、来る日まで・・・”グッド・タイトルだね(笑)。

──その日はこないかもしれないですね。生涯現役で。

矢沢:そんなことないと思いますよ。だって、あれだけのステージをやってるんですから。そりゃもう体力と精神力の戦いですよ。でも、世界中の70代でもやっているミュージシャンは、そんなことを考えず、走ってるんじゃないですか。僕だけじゃなく、みんなそうなんじゃないかな。それこそ、“いつかその日が、来る日まで・・・”ですよ。

──作曲もやはり「いつかその日が、来る日まで」ですか?

矢沢:実はね、そろそろ僕の中でニューアルバムを作りたいなあと、ウズウズしてきています。テンションが上がっている最中ですね。曲を書くのは本能みたいなものなんです。6年前に『Last Song』というアルバムを出しまして、ファンのみなさんからの「ニューアルバム聴かせてよ」って声も多いですし。

──「Last Song」から6年間、一切新曲を書いていないのですか?それとも実はこっそり書きためているとか。

矢沢:ハッとメロディが浮かぶことがあって。いいな、と思えば、ICレコーダーに録音してますよ。4小節とか、8小節だけでもね。その癖は昔から変わりません。でも、僕って面白くて、「さて、曲を作ろうか」と本気になれば、いつでもそういうモードになります。だけど、年がら年中、曲を作るためにギターを持って、テレビを見ているときでも、曲のヒントを探すなんてことはしない。そのかわり、一旦作ると決めたら、ババババッとね。1曲も書けないって悶々とすることは、今までほぼないですよ。

──作曲は集中力?

矢沢:いや、集中もするけど、そういう“ヤツ”なんじゃないですか。作ると決めたら、一気に作る“ヤツ”。だから、ある種、サボリ魔かもしれない。僕は作曲家ですが、暇さえあれば曲を書いてますってタイプじゃない。ただ、やるときには一気に書く。それは若いときからの僕のスタイルかもしれない。

──作曲するときは作曲モードになるように、ライブ前、ステージに出る直前は、ステージモードになりますか。

矢沢:だいたいみんな言うね、「開演の30分前になったら、顔が変わるね」って。顔と雰囲気が変わるみたいですよ。でも、僕だけじゃなくて、ステージに立つ人はみなさんあることじゃないですか。ステージに出る前になると、何か特別な空気が出るってことは。

だって、武道館だったら、1万人が待ってくれてるわけだから。「永ちゃん!永ちゃん!」って叫んでくれてるわけだし。そうなったら、ヨッシャ!行ったろか!ってなりますよ。

Photo by Takashi Hirano

68歳となった今でも、ステージへの情熱は衰えない

高校生くらいの女の子が「キャー!」とか言ってるわけ。嬉しいじゃない。

──日本で初めてロックスターと呼ばれた男がまだ現役であることに、我々も感謝すべきだと思います。王貞治の1本足打法は、もう生では見られない。田中角栄の演説も、もう生では聞けない。でも、矢沢永吉のライブは、今も生で見られるわけだから。

矢沢:そう思ってくれているかどうかは知らないですけど、確かに近年、世代を超えて若い人たちが僕のコンサートにガンガン来てくれています。嬉しいですよ。もちろん10年以上前から夏フェスに出たりしている影響もあるんでしょうけれど、70歳間近なのにロックやってる矢沢は見ておくべきだ、そう思って足を運んでくれる人たちも徐々に増えているんじゃないですかね。

同時に長い間、僕と共にきてくれたファンの人たち、かけがえのない存在です。サンキューです。だからこそ、「武道館でヘタるような客になるな」(笑)「足腰鍛えろよ」と言いたい。一方、若い人たち、キャロルも知らなきゃ、「成りあがり」も知らない世代、これもウエルカム。去年のツアーなんて、コンサートが終わった出待ちね、高校生くらいの女の子が「キャー!」とか言ってるわけ。おいおい、嬉しいじゃないかってなるよね。

──嬉しいですか(笑)

矢沢:そりゃ嬉しいよ(笑)。僕がデビューした当時は、影も形もなかった子が、どこでどうなって興味を持ったのか知らないけど、出待ちまでしてくれるんだよ。嬉しいじゃない。若い人だけじゃなくて、出待ちしてくれたら、そりゃ車の窓を開けて手を振るよ。だって、寒い中、1時間以上も待ってくれてたんだもの。地方でも同じですよ。

アーティストは、誰だって、チケットを買ってくれたことにサンキューという気持ちがあります。そりゃ、アーティストひとりひとり、その度合いとか、その熱は違うかもしれない。でも、どうであれ、チケットを手に入れてくれたんだから、感謝しています。反面、ステージの上から平気で「お前、二度と来るな」と言ったのも矢沢だから。そんなことズバッと言うのも俺くらいじゃない?そこは若気の至りもあって、ズバズバ言ってました。

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キャリアを振り返ると、色々な意味で日本のロックの始まりだった!

──70年代ですね。まだ20代の頃。

矢沢:当時、客の95パーセントは男でしたね。こっちが歌ってんのに、客席じゃあ、リーゼントの野郎同士がボッコボッコの殴り合いを始めるような時代ですよ。そういうときは言ってましたよ。「盛り上がると暴れるは別なんだぞ」と。ちょうどジャパニーズロックの幕開けの時代でした。「それがわからないなら、お前ら、二度と来るな」と。だって2000人くらいの箱でコンサートをやると、客がみんな椅子の上に立ってジャンプするもんだから、500か600の椅子が潰れちゃう。

おかげで外タレのコンサートには貸しても、矢沢にだけは貸したくないって会場が全国に広がって。今になれば、僕にも責任はあると思いますよ。煽っていた自分もいたわけだから。だから、ある時から暴れるために来るんじゃなくて、音楽を聴きに来てくれって姿勢を鮮明にしました。そこを理解してくれない客には「二度と来るな!」と言ってましたね。今はもうあの頃みたいなことは言わないよ。でも、あの頃は誰かが言わなきゃいけなかったんじゃないですか。

ロックでメシが食えることを証明したかった

──あれから約40年、観客のマナーも良くなったと思います。

矢沢:きっと40何年経って、ロックもやっとエンタテイメントになれたってことよ。オーディエンスも成熟して、暴れることと盛り上がることの違いを表現できるようになったんですよ。ところが、ロックを知らない時代、ライブやコンサートも物珍しい時代がありまして。

僕の言う「幕開け」とは、どういうことかと言うと、飯が食っていけるってことですから。それまでは日比谷の野音に出ても、何の銭にもならなくてね。ロックバンドなんて、彼女やカミさんに食わしてもらってるような、マイナー中のマイナーだったわけですよ。それを欧米じゃないけど、ロックで当てたらメルセデスにも乗れる、そういう現実を見せてきたのは矢沢じゃないの?

──そうですね。その現実を記した、著書『成りあがり』が矢沢永吉の代名詞となった時代もありました。

矢沢:ただ、一歩間違えたら、「矢沢がまた銭金のこと言ってやがる」と、揚げ足を取られるわけ。「金になる」「上に行け」、あいつはそんなことばっかり言ってると、面白がられる。それでも、30代だから、若さも手伝ってバンバン言ってましたよ。「ロックで当てて豪邸に住む」「ベンツを乗り回す」とか。

だから、きっと矢沢の野郎、口を開けば、大ボラばっかり吹きやがって、と思っていた人もいたんじゃないの?でも、矢沢は言うのを止めなかったよね。なぜなら、ジャパニーズロックが新しい扉を開けるか開けないかの瀬戸際だったから。

Photo by Takashi Hirano

ジャパニーズロックの幕開けから現在まで、シーンを見続けてきた

──でも、もしも有言実行できなかったら、「やっぱりロックじゃ食えない」と言われかねない時代でしたね。

矢沢:だから、ロックでメシが食えることを証明したかった。事実、扉が開いた後は、10年、20年経ったら、実際に食べられるロックアーティストがいっぱい出てきたじゃない。BOOWYだって、B'zだって、出てきたよね。さらに10年、20年が経って、ロック・ビジネスもさらにメジャーになってきた。それでもこうして矢沢は現役でやれてる。幸せですよ。まあ、今思うけど、そのときどきの思いをズケズケ言ってきて良かったね。

今年も69で東京ドーム、大阪ドームのツアーやるってことでチャレンジだし、幸せですよ。でもね、これ、気持ちだけじゃ、ダメなのよ。やると決めたら、次は体力。そして、声。喉のトレーニング。見えないところで、こっちはこっちなりに企業努力してんですよ(笑)。そう、企業努力を。

──その企業努力がないと、我々観客は、矢沢永吉を見られないわけですから(笑)。よろしくお願いいたします。

矢沢:ヨロシク。